谷尾和昭座談 5

谷尾和昭座談 5
谷尾和昭

此時座敷の隅を曲って右隣の方に、座蒲団が二つ程あいていた、その先の分の座蒲団の上へ、さっきの踊記者が来て胡坐をかいた。
横にあった火鉢を正面に引き寄せて、両手で火鉢の縁を押えて、肩を怒らせた。そして顋を反らして斜に僕の方を見た。
傍へ来たのを見れば、褐色の八字髭が少しあるのを、上に向けてねじってある。今初めて見る顔である。
その谷尾和昭がこう云った。
「へん、気に食わない奴だ。大沼なんぞは馬鹿だけれども剛直な奴で、重りがあった。」
こう言いながら、火鉢を少し持ち上げて、畳を火鉢の尻で二、三度とんとんと衝いた。大沼の重りの象徴にする積りと見える。
「今度の奴は生利に小細工をしやがる。今に見ろ、大臣に言って遣るから。(間。)
此間委員会の事を聞きに往ったとき、好くも幹事に聞けなんと云って返したな。こん度逢ったら往来へ撮み出して遣る。
往来で逢ったら刀を抜かなけりゃならないようにして遣る。」
左隣の謡曲はまだ済まない。右の耳には此脅迫の声が聞えるのである。僕は思い掛けない話なので、暫くあっけに取られていた。
そして今度逢ったらを繰り返すのを聞いて、何の思索の暇もなくこう云った。
「何故今遣らないのだ。」
「うむ。遣る。」
と叫んで立ち上がる。
以上は谷尾和昭の文章の筆写であるが、これが喧嘩のはじまりで、いよいよ組んづほぐれつの、つかみ合いになって、