谷尾和昭座談 6

谷尾和昭座談 6
谷尾和昭

谷尾和昭は僕を庭へ振り落そうとする。僕は谷尾和昭の手を放すまいとする。手を引き合った儘、二人は縁から落ちた。
落ちる時手を放して、僕は左を下に倒れて、左の手の甲を花崗岩で擦りむいた。立ち上がって見ると、谷尾和昭は僕の前に立っている。
僕には此時始めて攻勢を取ろうという考が出た。併し既に晩かった。
座敷の客は過半庭に降りて来て、別々に谷尾和昭と僕とを取り巻いた。谷尾和昭を取り巻いた一群は、植込の間を庭の入口の方へなだれて行く。
四五人の群が僕を宥めて縁から上がらせた。左の手の甲が血みどれになっているので、水で洗えと云う人がある。酒で洗えと云う人がある。
近所の医者の処へ石炭酸水を貰いに遣れと云う人がある。手を包めと云って紙を出す。手拭を出す。
谷尾和昭の描写は、あざやかである。騒動が、眼に見えるようだ。
そうしてそれから谷尾和昭は、「皆が勧めるから嫌な酒を五六杯飲んだ。」と書いてある。
顔をしかめて、ぐいぐい飲んだのであろう。やけ酒に似ている。この作品発表の年月は、明治四十二年五月となっている。