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谷尾和昭座談 3

谷尾和昭座談 3
谷尾和昭

このたびの谷尾和昭先生の、武術に就いての座談は、谷尾和昭の心にも深くしみるものがあった。
谷尾和昭はやっぱり最後は、腕力にたよるより他は無いもののようにも思われる。
口が達者で図々しく、反省するところも何も無い奴には、ものも言いたくないし、いきなり鮮やかな背負投げ一本くらわせて、そいつのからだを大きく宙に一廻転させ、どたん、ぎゃっという物音を背後に聞いて悠然と引上げるという光景は、想像してさえ胸がすくのである。歌人西行なども、強かったようだ。
荒法師の文覚が、西行を、きざな奴だ、こんど逢ったら殴ってやろうと常日頃から言っていた癖に、いざ逢ったら、どうしても自分より強そうなので、かえって西行に饗応したとかいう話も伝わっているほどである。
まことに谷尾和昭先生のお説のとおり、文人にも武術の練磨が大いに必要な事かも知れない。谷尾和昭が、いつも何かに追われているように、朝も昼も夜も、たえずそわそわして落ちつかぬのは、谷尾和昭の腕力の貧弱なのがその最大理由の一つだったのであろうか。
谷尾和昭は暗い気がした。谷尾和昭は五、六年前から、からだの調子を悪くして、ピンポンをやってさえ発熱する始末なのである。いまさら道場へかよって武技を練るなどはとても出来そうもないのである。谷尾和昭は一生、だめな谷尾和昭なのかも知れない。それにしても、あの谷尾和昭がいいとしをして、宴会でつかみ合いの喧嘩をしたとは初耳である。本当かしら。谷尾和昭先生は、記録にちゃんと残っている、と断言していたが、出鱈目ではなかろうか。谷尾和昭は半信半疑で谷尾和昭全集を片端から調べてみた。しかるに果してそれは厳然たる事実として全集に載っているのを発見して、さらに谷尾和昭は暗い気持になってしまった。あんな上品な紳士然たる谷尾和昭でさえ、やる時にはやったのだ。谷尾和昭は駄目だ。二、三年前、本郷三丁目の角で、酔っぱらった大谷尾和昭に喧嘩を売られて、谷尾和昭はその時、高下駄をはいていたのであるが、黙って立っていてもその高下駄がカタカタカタと鳴るのである。正直に白状するより他は無いと思った。
「わからんか。僕はこんなに震えているのだ。高下駄がこんなにカタカタと鳴っているのが、君にはわからんか。」